壇ノ浦の戦いにて、二位の尼と共に入水したまだ幼かった安徳天皇。
この時に、天皇が即位する際に必要と言われている『三種の神器』も共に海に入水したとされています。
では、安徳天皇と共に海に沈んだ『三種の神器』は、
- その後どうなった?
- 源氏によって回収されていた?
- 次の天皇の即位の際にはどうした?
これらの『三種の神器』のその後について、調べたことをまとめています!
安徳天皇の入水後に三種の神器はどうなった?
壇ノ浦の戦いで、二位の尼と共に幼かった安徳天皇が入水した時、『三種の神器』も共に海に入水したとされています。
『三種の神器』とは、
- 宝剣(天叢雲剣:あめのむらくものつるぎ)
- 勾玉(八尺瓊勾玉:やさかにのまがたま)
- 神鏡(八咫鏡:やたのかがみ)
のことを言います。
宝剣と勾玉は、二位の尼が見に付けて入水、
神鏡は、大納言典侍局という女性が見に付けて入水しました。
三種の神器と帝が海の底へ…。まあでもこんな魔物のような義経が船から船へ移動してきたらもう終わりだと、こいつにだけは神器や帝を渡してはならないと思うのも無理はない…。ないんですが辛い…。※実際の着物は空気を含むのでこんな簡単には沈まないと思いつつそれはそれ#鎌倉殿の13人
— ちらいむ (@chilime) May 8, 2022
三種の神器の勾玉と神鏡は義経軍に回収されてしまった
では、肝心の入水後の三種の神器の行方ですが、
- 勾玉
- 神鏡
これらは木の入れ物(唐櫃)に入っていたためか、
残念ながら浮かび上がってしまい、源義経軍に回収されたようです。
宝剣は発見されなかった
宝剣は、その重さもあったためか、入水後に発見されることはなかったようです。
平家一門と共に入水した三種の神器のうち、八咫鏡と八尺瓊勾玉は後に発見されたが、天叢雲剣(のレプリカ)はついに見つからなかった。現在の皇室に伝わる天叢雲剣は伊勢神宮から献上された「レプリカのレプリカ」である。ちなみに本物の天叢雲剣は熱田神宮の御神体として伝わっている。#鎌倉殿の13人 pic.twitter.com/hH7kmlgSUd
— 令和の土星人。’22@ワクチン3度接種&インフル接種完了 (@4568Ts) May 8, 2022
次の天皇の即位の際に三種の神器はどうした?
次の天皇として即位するのは、「後鳥羽天皇」。
後鳥羽天皇は、三種の神器なしで即位したようです。
後鳥羽天皇を三種の神器なしで即位させた後白河法皇ですが、
宝剣の紛失は鎌倉への大きな貸しとなりました。
そのため、伊勢神宮の別の宝剣を新たな神器として奉じたそうです!
(現在伝わる宝剣:この伊勢神宮の宝剣と伝えられている。)
このあたりの流れが、後々の伏線となりそうな予感がしますね。
三種の神器のうち、宝剣が失われたことは、後鳥羽上皇の気質に影響を与え、承久の乱の伏線となる#鎌倉殿の13人 pic.twitter.com/SccVRjVSrj
— なぞだしゟ (@Himadashiz) May 8, 2022
壇ノ浦で二位尼が三種の神器の宝剣を抱えて入水して、それが見つからなかったという事が、後々の義時と後鳥羽上皇を巡る今年の大河の最大の伏線なんだよなぁ。 #鎌倉殿の13人
— sakaikazunori (@sakaikazunori) May 8, 2022
安徳天皇の入水後に三種の神器はどうなった?源氏によって回収された?のまとめ
壇ノ浦の戦いにて、安徳天皇と共に海に入水した『三種の神器』のその後の行方について紹介しました。
- 勾玉・神鏡:浮かんで回収される
- 宝剣:海に沈んで行方不明のまま
ということでした。
今後の「鎌倉殿の13人」のストーリーにも影響を及ばしそうな『三種の神器』の存在。
次の話も気になりますね!